|
|
||||||||||||||||
|
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|||||||||
|
ゴータマ通りのギャラリー 「Setia(セティア)」 |
Works:002 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
2007/06/01 |
|
バリの仕事 |
Works:001 |
|
バリに仕事場を持ったきっかけは、「バリで個展をしようかな?」と気軽に思った事に始まります。ここの空気が好きで、ちょこちょこ遊びに来ているうちにそんな気になったのです。 最初は、出来ればどこかの陶房をちょっとお借りして、ついでに窯もちょっとお借りして・・・と甘いことを考えていたのですが、そんな陶房はなく、そんな窯もありませんでした。当たり前の事なのだけど日本とは状況が全然違っていました。それに気が付いた時は「じゃ、止めておこうかな」と思ったのです。正直なところ。 ところが、私にも払えそうなお値段の仕事場が見つかり、「じゃ、仕事場だけは借りましょう」と言うことになりました。これが5年くらい前です。場所はウブドの町から3,4km離れたテガランタンと言う地区です。 その頃、窯はBPPT(バリ陶芸研究所)という所で焼かせてもらっていました。仕事場から1時間半くらい、でこぼこ道を“生”の作品持って走るのは毎回大変でしたが、職員は本当にいい人達でそれなりに楽しい時間でした。でも、終了時間の夕方4:00までに何としてでも焼き上げようするので気が気じゃなかったのも事実。「まぁ、焼けてるかな?」という感じのクオリティに満足するかどうか・・・も頭を悩ませる所でした。 窯屋さんはバリではなく、バンドン(ジャワ島)に居ました。彼がたまたま別の仕事でバリに来ている時に偶然、出会いました。なんだか怖そうで、まだ未熟な私のインドネシア語はさっぱり通じず、窯を作ってもらう契約が終わっても不安だらけでした。でも、実はとても職人気質の真面目な人で今でもよく連絡を取り合う大切な友人になっています。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
2004/07/01 |